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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)214号 判決

東京都千代田区丸の内二丁目6番1号

原告

古河電気工業株式会社

代表者代表取締役

友松建吾

訴訟代理人弁理士

若林広志

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

吉岡浩

飯高勉

中村友之

幸長保次郎

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成1年審判第4672号事件について、平成5年10月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年7月28日、名称を「配電工事用ロボット」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭58-136817号)が、平成元年1月20日に拒絶査定を受けたので、同年3月16日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成1年審判第4672号事件として審理したうえ、平成5年10月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月13日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

作業者が乗る高所作業車の架台に搭載されたロボット本体から成り、前記ロボット本体は前記架台に取付けられ相互に枢支された複数の作業アームと前記作業アームを駆動するアクチュエータと前記作業アームの先端に取付けられた配電工事すべき工具が取付けられるリストとから構成されており、前記複数の作業アームの途中には、複数の電気絶縁部が設けられており、かつその複数の電気絶縁部は中空のFRP製であることを特徴とする配電工事用ロボット。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願出願前に頒布された刊行物である「配電線活線引下げ作業安全自動化システム策定研究報告書」(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び実開昭58-43108号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨は認める。引用例1の記載事項の認定及び本願発明と引用例発明1との相違点の認定は、後記取消事由1記載の点を争い、その余は認め、引用例2の記載事項の認定は認める。本願発明と引用例発明1との一致点の認定は認める。相違点の判断は争う。

審決は、引用例1の記載事項の認定及び本願発明と引用例発明1の相違点の認定を誤り(取消事由1)、相違点の判断を誤り(取消事由2)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(引用例1の記載事項の認定及び本願発明と引用例発明1との相違点の認定の誤り)

審決は、引用例1の記載事項の認定において、「前記ロボットの作業アームは電気絶縁部を介して架台に取付けられているとともに、前記複数の作業アームの表面には電気絶縁が施されているかあるいは前記複数の作業アームは全てプラスチック製のマニピュレータとする配電工事用ロボット」(審決書3頁11~15行)が記載されていると認定し、また、本願発明と引用例発明1の相違点の認定において、「前者(注、本願発明)は、複数の作業アームのうちの複数のアームをそれぞれその途中において中空のFRP製とすることによって絶縁しているのに対して、後者(注、引用例発明1)は、〈1〉電気絶縁をロボットと架台との間に施して、かつ、〈2〉複数の作業アームの表面にも電気絶縁を施すかあるいは複数の作業アームを全てプラスチック製のマニピュレータとしている点で相違している。」(同4頁13~19行)と認定しているが、以下に述べるように、誤りである。

審決は、上記のとおり、引用例発明1につき、「ロボットの作業アームは電気絶縁部を介して架台に取付られている」と認定しているが、電気絶縁部を介して架台に取付けられているのは作業アームではなく、ロボット本体であるから、上記認定は、本来、(1)ロボット本体は電気絶縁部を介して架台に取付けられ、複数の作業アームの表面には電気絶縁が施されていること、及び(2)ロボット本体は電気絶縁部を介して架台に取付けられ、複数の作業アームは全てプラスチック製のマニピュレータとすること、の二つが記載されていると認定したものと認められる。

ところで、マニピュレータについての引用例1の記載をみると、「活線作業をロボット化するための一方策を本研究によって明かにした。第1の主目的であった作業員を高圧充電部から引離すと云う目的は本研究により達成された。本研究に於ては主として操縦形のロボットの形で作業が進められた。しかし作業現場に於て・・・一挙に操縦形ロボットを導入すると云うことは作業員の養成、ロボットの保守等に多くの問題点を生ずる。そこでまず図7・2に示すようなマニピュレータを使用させて後、ロボットへ移行するのも一法である。すなわちマニピュレータは現在では原子力の研究や原子炉の作業に用いられているものであるが、これ等を高絶縁のものに改めることによって、本研究に述べたリーチモジュールと保持モジュールが構成出来る。そして作業モジュールも人手の動作を加えることによってより簡単なものが作成出来る可能性がある。たとえば全てプラスチック製のマニピュレータと云うようなものが出来れば十分にその用にたてることが出来る」(甲第5号証171頁26行~172頁5行)と記載されている。この記載は、作業現場に一挙に操縦形ロボットを導入するのは問題があるので、その前にマニピュレータを使用してはどうかという提案である。すなわち、引用例1におけるマニピュレータは、ロボットの一部としてではなく、ロボットを導入する前に採用を検討すべきロボットとは全く別の機械のことである。

したがって、引用例1には、上記(1)を備えた配電工事用ロボットの記載は認められるものの、上記(2)を備えた配電工事用ロボットが記載されているとした点は誤りであり、むしろ、引用例1には、上記(1)を備えた配電工事用ロボットと、(3)全てがプラスチック製のマニピュレータとが記載されていると認定されるにすぎないものである。

したがって、審決が、本願発明と引用例発明1の相違点の認定において、引用例発明1に「複数の作業アームを全てプラスチック製のマニピュレータとしている」ものが記載されているとした点も誤りである。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明1との相違点の判断において、「その絶縁の施し方として、甲第1号証(注、引用例1)に記載された発明には、アームの表面に電気絶縁を施こすのと作業アームを全てプラスチック製のマニピュレータとするのとが見られるが、作業アームの途中において中空の電気絶縁部とするものも、甲第2号証(注、引用例2)に記載されているように公知であるから、甲第1号証に記載の作業アームの表面に絶縁を施したり全てプラスチック製のマニピュレータとする代わりに、当該アームの途中を中空の電気絶縁部とすることは当業者には何等困難なことではないと認められる。」(審決書5頁6~13行)と判断しているが、以下にのべるように、誤りである。

審決は、まず、引用例発明1の「作業アームの表面に絶縁を施す」代わりに本願発明のように「作業アームの途中を電気絶縁部とする」ことは当業者が容易に考えつくこととみているが、この両者は絶縁の意味が全く異なっているものである。すなわち、引用例発明1の絶縁の施し方は、ボデーやアームからなる金属製のロボット本体全体を架台から浮かして碍子などで絶縁するという考え方であり、ボデーやアームの表面絶縁は高電圧になる作業アームとその周囲の物や人との絶縁が目的であって、高圧配線と架台との絶縁を目的とするものではない。これに対し、本願発明の途中絶縁は、作業アームの先端側と基端側の絶縁(高圧配線と架台との間の絶縁)が目的である。このように作業アームの表面絶縁と途中絶縁は絶縁の目的が全く異なるのであるから、表面絶縁の代わりに途中絶縁にする等ということは常識では考えられないことである。審決は、これを当業者が容易に考えつくとみたことに誤りがある。

また、審決は、引用例1に「(ロボット本体の)作業アームを全てプラスチック製のマニピュレータとすること」が記載されていることを前提に相違点の判断をしているが、前記のとおり、マニピュレータと配電工事用ロボットは全く別物であり、マニピュレータをロボット本体の作業アームとした審決の認定は誤りであるから、「全てプラスチック製のマニピュレータ」という記載からは、せいぜい、ロボット本体を全てプラスチック製にすることが類推できる程度であり、ロボット本体の作業アームの途中に電気絶縁部を設けることまで類推することは困難というべきである。

さらに、引用例2には、ロータリー・スティックが記載されているが、このロータリー・スティックは、本願明細書の従来例に記載されたホットステック(活線作業棒)に相当するものであり、もちろんロボットではない。このロータリー・スティックにおける絶縁の考え方は、作業者が触れる部品と高圧配電線に触れる部品とを電気絶縁材料製の長い管で連結するというものであり、そこには、作業アームの途中に電気絶縁部を設けるという考え方は存在しない。したがって、引用例発明2を引用例発明1と組み合わせてみても、本願発明のような配電工事用ロボットを類推することはできない。

また、本願の査定の際に引用された実開昭57-141608号公報(甲第7号証)には、クレーン式の高所作業車が記載されているだけで、配電工事用ロボットは記載されておらず、クレーンの複数本のブームのうち先端のブームだけをFRP製とすることが記載されているだけで、作業アームの途中をFRP製にすることは記載されていないし、FRP製の電気絶縁部を複数段に設けることも記載されていない。

それに対して、本願発明は、ロボット本体の作業アームの途中に電気絶縁部を設けているので、高圧配電線と同電位になるのは作業アームの先端部だけであり、作業者に最も近いロボット本体の基部には電圧がかからない。それに加えて、高圧配電線と架台との間に電気絶縁部が複数段に設けられているため、何らかの原因で一つの電気絶縁部が導通状態になったとしても、他の電気絶縁部が絶縁を保つことになる。このため本願発明の配電工事用ロボットは安全性がきわめて高い。また、ロボット本体の作業アームの途中に電気絶縁部を設けることには、ロボット本体の占有体積を増大させる要素は何もないので、ロボット本体のコンパクト化にも有効である。さらに、各々の電気絶縁部は中空のFRP製であるため、作業アームが軽量化され、迅速な動作が得られるので、作業を効率よく行うことができる。

以上述べたように、引用例1には、配電工事用ロボット及びマニピュレータが記載されているが、配電工事用ロボットの「絶縁の施し方」は本願発明のものと全く相違しており、マニピュレータはロボットではない以上、「絶縁の施し方」も本願発明のものとは全く相違している。また、引用例2及び前掲実開昭57-141608号公報(甲第7号証)には配電工事用ロボットは記載されていないし、本願発明を示唆するような記載も存在しない。特に、電気絶縁部を複数段に設けるという考え方はどの引用例にも記載されていない。したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明から当業者が容易に発明をすることができたということはできず、十分に進歩性を有するものである。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

審決は、「ロボットの作業アームは電気絶縁部を介して架台に取付けられている」と認定しているが、電気絶縁部を介して架台に取付けられているのは作業アームではなく、ロボット本体であるから、上記認定は、(1)ロボット本体は電気絶縁部を介して架台に取付けられ、複数の作業アームの表面には電気絶縁が施されていること、及び(2)ロボット本体は電気絶縁部を介して架台に取付けられ、複数の作業アームは全てプラスチック製のマニピュレータとすること、の二つが記載されていると認定した趣旨である。

原告は、マニピュレータは配電工事用ロボットとは全く別物であるから、引用例1に上記(2)の配電工事用ロボットが記載されているとした審決の認定は誤りである旨主張する。

しかし、これは、「マニピュレータ」及び「ロボット」なる用語を原告が正確に理解していないことに起因する誤読の結果である。

すなわち、「マニピュレータ」とは、「JIS産業用ロボット用語」(日本規格協会、昭和54年発行、B0134-1979年、乙第1号証)によれば、「人間の上し(肢)の機能に類似した機能をもち、対象物を空間的に移動させるもの」(同号証1頁番号1101の項)を意味するものとされている。

また、株式会社新産業技術センター昭和59年8月発行「中小企業のための産業用ロボット導入ハンドブック」19~22頁(乙第2号証)によれば、「ロボット」とは、機構システムと制御システムとからなり、さらに、機構システムの一部がマニピュレータであるから、「マニピュレータ」とは、ロボットの構成要素のうちの一部であり、その例として、アーム、ハンド、ツールが列挙されている(同号証21頁の表)。

このように、「マニピュレータ」とは、原告のいうような(配電工事用)ロボットとは全く別物ではなく、対象物を空間的に移動させるロボットの一部(すなわち、アーム部分等)に相当するものである。

したがって、原告の取消事由1の主張は失当である。

2  取消事由2について

引用例1に開示されている「絶縁の施し方」の1つである「作業アームの表面に電気絶縁を施す」ことが、原告主張のように、「高電圧の作業アームとその周囲の物や人との絶縁」の効果を主眼においているからといっても、引用例1に、「ロボットの外面はできるだけ電気的に絶縁される。」、「ロボットのアーム、ボデーは絶縁物を介して取付けられる。」(甲第5号証150頁下から6~5行)とあることからみて、「高圧配電線と架台のロボット本体との間は電気的に絶縁してはならない」ということにはならない。

本願発明のように「作業アームの途中を電気絶縁する」ことは、高圧配電線と架台との間を絶縁する効果のほかに、高電圧の作業アームとその周囲の物や人との間を絶縁する効果を有していることは、電気工学的にみて当然のことである。このことは、本願明細書(甲第3号証訂正明細書)中に、「尚、中間の作業アーム18Bの絶縁アーム部分32Bはこの中間の作業アーム18Bが引下げ線等と立体的に交差するため作業者が感電するのを防止するのに特に役立つ。」(同6頁2~5行)とあることからも明らかである。

引用例1には、審決認定のとおり、ロボット本体の作業アームとして使用できるマニピュレータにつき、これを全てプラスチック製とすることが記載されている。したがって、この引用例発明1の構成に代えて、引用例発明2の作業アームの途中において中空の電気絶縁部とする公知技術を適用することは、当業者にとって何ら困難なことではない。

原告は、引用例2(甲第6号証)には、配電工事用ロボットの作業アームに関する記載はない旨主張するが、引用例2のロータリー・スティックは、活線状態の電線に対して人間の腕や手に代わって作業を行うための道具であり、また、配電工事用ロボットも人間に代わって活線作業を行うものであり、その作業アームは絶縁構造を有する必要があるから、両者は活線作業用の道具の絶縁に関し、同一の技術分野に属し、両者間における技術の転用は当業者が容易になしうるものである。

また、絶縁面だけから見ると全てをプラスチック製とするマニピュレータが理想的ではあるが、絶縁性を求められる道具等を実際に作成するときには部分的に電気絶縁材料でない金属製の材料を使用することも、引用例2のように普通に見られるものである。そして、引用例1(甲第5号証)の図7・2のマニピュレータは少なくとも2つの関節部をもつから、2ケ所が金属製で残りの部分がプラスチック製のマニピュレータは容易に考えつく程度の構成である。

本願発明においては、「複数の作業アームの途中には、複数の電気絶縁部が設けられており」と表現されているが、本来、マニピュレータ全体を絶縁材料で作成することが理想であるにしても、上記のように2ケ所の金属製の材料を使用したものは、マニピュレータ全体としては結果として複数の絶縁部が形成されるものであるから、このような構成と本願発明の「複数の電気絶縁部が設けられており」ということとは、表現が異なるだけで実質的な相違はない。

したがって、原告の主張は失当である。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例1の記載事項の認定及び本願発明と引用例発明1との相違点の認定の誤り)について

審決は、引用例1について、「ロボットの作業アームは電気絶縁部を介して架台に取付けられている」ものが記載されていると認定しているが、電気絶縁部を介して架台に取付けられているのは作業アームではなく、ロボット本体であるから、審決の本意は、(1)ロボット本体は電気絶縁部を介して架台に取付けられ、複数の作業アームの表面には電気絶縁が施されていること、及び(2)ロボット本体は電気絶縁部を介して架台に取付けられ、複数の作業アームは全てプラスチック製のマニピュレータとすること、の二つが記載されていると認定したものであること、また、引用例1には、上記(1)を備えた配電工事用ロボットが記載されていることは、いずれも当事者間に争いがない。

原告は、マニピュレータはロボットの一部とはいえず、配電工事用ロボットとマニピュレータとは全く別物である旨主張する。

しかし、日本規格協会昭和54年発行「JIS産業用ロボット用語」JIS B0134-1979(乙第1号証)によれば、マニプレータ(マニピュレータ)とは、「人間の上し(肢)の機能に類似した機能をもち、対象物を空間的に移動させるもの」(同号証1頁番号1101の項)をいい、株式会社新産業技術センター昭和59年8月発行「中小企業のための産業用ロボット導入ハンドブック」19~22頁(乙第2号証)によれば、「一般に産業用ロボットは、・・・作業をするためのマニピュレータ(manipulator機械の手)や移動するための車などの機構システムと、人間から作業内容を教わり、それに従って機構部を制御する制御システムから作られる。」(同21頁4~7行)ものであって、ロボットの機構システムの一部であるマニピュレータは、アーム、ハンド及びツールから構成されていること(同21頁の表)が認められる。

このことからすると、引用例1(甲第5号証)に記載のマニピュレータは、その図7・2(173頁)に示すものに限定されるというわけではなく、上記のように、対象物を空間的に移動させるロボットの一部(アーム部分等)として構成することができることは明らかであり、この図7・2のマニピュレータを引用例1の図6・23(170頁)のロボットに対応させてみると、マニピュレータのアーム、ハンド、ツールがロボットのリーチモジュール、接合モジュール、作業モジュール又は保持モジュール等に対応するものと認められる。そして、このことは、原告が引用する引用例1の「マニピュレータ・・・を高絶縁のものに改めることによって、本研究に述べたリーチモジュールと保持モジュールが構成出来る。」(同号証172頁1~3行)との記載にも合致するものということができる。

したがって、ロボットとマニピュレータが全く別物であるとする原告の主張は失当であり、審決の、引用例1の認定及び本願発明と引用例発明1との相違点の認定に誤りはない。

取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

引用例1に、ロボット本体は電気絶縁部を介して架台に取付けられ、複数の作業アームの表面に電気絶縁を施したもの及び複数の作業アームのすべてをプラスチック製のマニピュレータとしたものが記載されていることは、前示のとおりである。

原告は、作業アームの表面絶縁と途中絶縁は絶縁の目的が全く異なる旨主張するが、引用例発明1の絶縁の施し方が、原告主張のように、ボデーやアームからなる金属製のロボット本体全体を架台から浮かして碍子などで絶縁するという考え方であり、ボデーやアームの表面絶縁は高電圧になる作業アームとその周囲の物や人との絶縁が主な目的であるとしても、引用例1(甲第5号証)の「ロボットの外面は出来るだけ電気的に絶縁される。・・・ロボットのアーム、ボデーは絶縁物を介して取付けられる。」(同号証150頁下から6~5行)との記載からみて、高圧配電線と架台のロボット本体との間の電気的絶縁も、周囲の物や人との絶縁を目的とする作業アームの表面絶縁も、共に高圧配電線に分岐用の配電線を接続する等の工事をする際に作業者が高圧に感電する事故等が生ずることを防ぐことを目的とするものであると認められる。

一方、本願発明のように「作業アームの途中を電気絶縁する」こともまた、「高圧配電線と架台との間は絶縁」の効果のほかに「高電圧の作業アームとその周囲の物や人との絶縁」の効果を有していることは、本願明細書(甲第3号証訂正明細書)中に、「尚、中間の作業アーム18Bの絶縁アーム部分32Bはこの中間の作業アーム18Bが引下げ線等と立体的に交差するため作業者が感電するのを防止するのに特に役立つ。」(同6頁2~5行)とあることからも明らかであり、電気工学的にみて当然のことと認められる。

そして、引用例2(甲第6号証)には、活線作業の際に使用されるロータリー・スティックを構成する部材であって、一端に金属製の継手部材15を有し、他端に金属製の支承部材17を有する中空の電気絶縁材料製外管3が記載され、作業用アームにつき、機械的強度を必要とする継手等の箇所は金属製とし、中間部のみを電気絶縁材料で形成することが開示されており、また、審決が言及する実開昭57-141608号公報(甲第7号証)にも示されているように、電気絶縁材料としてFRPを用いて中空の作業アームとすることは、すでに知られていることである。

したがって、引用例発明1の前示表面に絶縁を施した複数の作業アーム若しくは全てがプラスチック製の複数の作業アームに代えて、引用例発明2の上記構成を適用し、「複数の作業アームの途中には、複数の電気絶縁部が設けられており、かつその複数の電気絶縁部は中空のFRP製である」との本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できる程度のものであることは、明らかである。

原告の主張は、当該技術分野における技術水準を考慮しない主張であって、到底採用できない。

したがって、審決の相違点の判断に誤りはない。

取消事由2も理由がない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 芝田俊文 裁判官 清水節)

平成1年審判第4672号

審決

東京都千代田区丸の内2丁目6番1号

請求人 古河電気工業株式会社

昭和58年特許願第136817号「配電工事用ロボツト」拒絶査定に対する審判事件(平成4年7月28日出願公告、特公平4-46053)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1、本願は、昭和58年7月28日の特許出願であって、その発明の要旨は、当審において平成4年7月28日付けで出願公告された公告時の明細書および図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたつぎのとおりのものと認める。

「作業者が乗る高所作業車の架台に搭載されたロボット本体から成り、前記ロボット本体は前記架台に取付けられ相互に枢支された複数の作業アームと前記作業アームを駆動するアクチュエータと前記作業アームの先端に取付けられた配線工事すべき工具が取付けられるリストとから構成されており、前記複数の作業アームの途中には、複数の電気絶縁部が設けられており、かつその複数の電気絶縁部は中空のFRP製であることを特徴とする配電工事用ロボット。」

なお、上記記載に異議申立人の主張するような特許法第36条にかかる解釈上の疑義はない(作業者が乗るのは架台であることは、本願発明の目的からして当然である。)。

2、これに対して、異議申立人である株式会社東芝は、甲第1号証および甲第2号証を提出して、本願発明はこの甲第1号証および甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易になし得た発明であるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない旨主張している。

そして、本願出願前に刊行された甲第1号証である『配電線活線引下げ作業安全自動化システム策定研究報告書』には、とくに第170ページの図6・22および図6・23とその説明文(第150ページ下より第6-5行目、第153ページ下より第3-2行および第172ページ第4-5行の記載)から見て、つぎのようなロボットが記載されているものと認められる。

「作業者が乗る高所作業車の架台に搭載されたロボット本体から成り、前記ロボット本体は前記架台に取付けられ相互に枢支された複数の作業アームと前記作業アームを駆動するアクチュエータと前記作業アームの先端に取付けられた配線工事すべき工具が取付けられるリストとから構成されており、前記ロボットの作業アームは電気絶縁部を介して架台に取付られているとともに、前記複数の作業アームの表面には電気絶縁が施されているかあるいは前記複数の作業アームは全てプラスチック製のマニピュレータとする配電工事用ロボット。」

そして、甲第2号証である実開昭58-43108号公報には、活線作業の際に使用されるつぎのようなロータリー・スティックが記載されている。

「トルクレンチ付き回転ハンドルを取付けた保持部材に、電気絶縁材料製外管の基端部が取付けられ、その外管の内部には前記トルクレンチ付き回転ハンドルにより回転される電気絶縁材料製回転軸が設けられ、その回転軸の先端部には被回転体に係合される係合部材が取付けられているロータリー・スティック。

3、そこで、本願発明と甲第1号証に記載された発明とを比較すると、両者は、

「作業者が乗る高所作業車の架台に搭載されたロボット本体から成り、前記ロボット本体は前記架台に取付けられ相互に枢支された複数の作業アームと前記作業アームを駆動するアクチュエータと前記作業アームの先端に取付けられた配線工事すべき工具が取付けられるリストとから構成されて」いる点、および「作業者が感電しないように高圧配電線と架台との間に絶縁を施している」点で一致し、

その具体的な絶縁の施し方で相違していると認められる。

すなわち、前者は、複数の作業アームのうちの複数のアームをそれぞれその途中において中空のFRP製とすることによって絶縁しているのに対して、

後者は、〈1〉電気絶縁をロボットと架台との間に施して、かつ、〈2〉複数の作業アームの表面にも電気絶縁を施すかあるいは複数の作業アームを全てプラスチック製のマニピュレータとしている点で相違している。

4、そこでこの相違点について検討する。

甲第1号証に記載された発明には、上記〈1〉および〈2〉の点からみて、電気絶縁を施すのはロボットと架台との間の1か所だけではなくて、感電のおそれのある箇所にはすべて(つまり複数のアームまたは全てのアームに)絶縁を施そうという複数のアームに対する絶縁の考えが見られる。

そして、その絶縁の施し方として、甲第1号証に記載された発明には、アームの表面に電気絶縁を施こすのと作業アームを全てプラスチック製のマニピュレータとするのとが見られるが、作業アームの途中において中空の電気絶縁部とするものも、甲第2号証に記載されているように公知であるから、甲第1号証に記載の作業アームの表面に絶縁を施したり全てプラスチック製のマニピュレータとする代わりに、当該アームの途中を中空の電気絶縁部とすることは当業者には何等困難なことではないと認められる。

また、その際この種のアームに用いられる電気絶縁材料としては電気絶縁性のほかに耐強度性・軽量性が要求されており、それには中空のFRP製が適していることはつとに知られており、またこの技術分野の作業アームにおいてすでに実施されているところでもある(たとえば原審で審査官が示した引用例である実開昭57-141608号公報にも中空のFRP製アームが用いられている。)から、複数の作業アームのうちの複数のアームをそれぞれその途中において中空のFRP製とすることによって絶縁を図ることは当業者にとって容易に成し得ることと言わざるをえない。

5、さらに、本願発明によってもたらされる効果も、甲第1号証および甲第2号証に記載されたものから予測される範囲であって、格別のものとは認められない。

6、以上のとおりであるから、 本願発明は甲第1号証および甲第2号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成5年10月15日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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